講師のやりがい

私は人に何かを教える講師の立場として仕事をすることが多いです。

講師の仕事は、分かりやすく教えることです。

人に理解をしてもらうことですね。

何かを理解するとは、一段ずつ階段を上るように「分かる」を積み重ねていく過程です。

理解なくして、応用発展はありえません。
理解なくして、本質へと肉薄することもできません。

そして、同じことを理解する場合でも人によって差があります

10のことをすぐに理解する人

1,2,3,4,…10と一段ずつ理解する人

そして、
一段ずつではとても上れない人もいます。

講師としての真価はここだと私は思っています。

一段ずつ上れないなら、
階段をさらに削って、ギザギザにすればいいんです。

ギザギザでも分からないなら、
さらに削って、スロープにすればいいですよね。

スロープをミクロで見てみればほぼ直線です。

頭のいい人に教えるのはイージーなんです。

そうでない人、
小学生にでも、老若男女誰にでも分かるように教えたい。

それが僕の欲望です。

それは、ほとんどの難しいことや複雑なことでも、
老若男女誰にでも理解することができるはずだという確信があるからです。

なぜなら、すべての難しいことは簡単なことの「分かる」の積み重ねだから。
スロープにしさえすれば、それは実現可能だ。

僕の場合このことが初めて分かったのは、大学受験を通じてです。

本当にどうしようもない成績だった自分が、医学部受験を志して、まず最初に決めた事は基礎を極めることでした。

そこで、真正面から勉強と向き合い、疑問という疑問に向き合い、一つずつ解消していきました。

すると、やがてはどんな応用問題でも解けるようになったのです。

その時以来、基礎の重要性を身を持って感じました。

それと同時に、
僕と同じように、ドン底のような成績の人でも、ほぼ誰にでも全国トップレベルの成績まで上り詰めることができるんじゃないかと思うようになりました。

現実として、このようにもともと成績が悪くてものちに成績を伸ばした人なんて身の回りにいくらでもいます。

さて、話を少し戻しましょう。

講師としてのやりがいとは。

物事を理解することってすごく気持ちいいことなんです。

「分かった!」という瞬間、欠けていたピースがピタッとはまるような感覚が快感ですよね。

凹のとこに凸がハマるのはなんでも気持ちいいというのが常識だね。

これを多くの人と共有していくことが無上の喜びですよ。

なにやらすごそうなこと言っているのがいい講師だとは思いません。

なんかよく分からないけど、すごそうだから。
分かったような、分かっていなければいけないような、そんな雰囲気にさせてはいけないですよね。

テクニカルタームを駆使して、煙に巻くのは簡単ですよ。

(あ、テクニカルタームとは「専門用語」のことですよ。煙に巻くは「ごまかす」。笑)

「そんなことも分からないのか」という憤りがあるとすれば、それは他ならぬ講師である自分自身に向けられたものです。

本当は分かっていない自分に対する嫌悪ですよね。

そこから抜け出すには、問題点に向き合い、丁寧に紐解いていく、歩み寄ることです。

講師の仕事は人に教えること、それを通じて自分も学ぶことです。

お互いに学びがある関係しかこの世にはありえないです。

コメント

  1. 名もなき旅人a より:

    誰にでも分かるように教えるのは技量がいりますね。相手の段階に合わせて進度を合わせるにしても、相手がどれだけ理解しているかを読み取らなければならず…。
    教える立場も、日々努力だなと思います。試行錯誤しながら、なかなか面白いと思います。

    • morie より:

      aさん

      誰にでもわかるように、そして相手とのコミュニケーションが大事ですよね。

      どこでつまずいているのかを見逃さずに、そこへ解決策を提案(σ・ω・)σ

      これもアイデア勝負なので、なかなか楽しいことです♬